仕方がないからもうここに置いて行くね。

 2018年9月26日に“クリープハイプ”が約2年ぶりとなる5枚目のオリジナルアルバム『泣きたくなるほど嬉しい日々に』をリリース!現在、今作に収録されている全楽曲の歌詞を先行公開中です。すでに先行配信がスタートしている「栞」は【注目度ランキング】の1位を記録し、さらに新曲「お引っ越し」は最高4位にランクイン。今日のうたコラムでは、その「お引っ越し」をご紹介いたします。

「そうやってまた泣くだろ」って
そうやってまた言うだろ
「じゃあ出て行く」って言ったら
止めると思うよ普通

「やり直そう」をやり直してしまう
いつも素直じゃないから
「そんな所も好きだ」って
前言ってなかったっけ
「お引っ越し」/クリープハイプ


 まず、この歌には<僕>や<あたし>といった一人称も、<君>や<あなた>といった二人称も、綴られておりません。わかるのは恋人同士の二人が終焉を迎え、主人公は一緒に暮らしていたこの街の部屋から「お引っ越し」をするということだけ。すると、冒頭のフレーズだけでもいろんな捉え方ができそうです。まず一つは、主人公が<いつも素直じゃない>自分自身にとことん嫌気がしているというパターン。

 泣いている恋人に対して「そうやってまた泣くだろ」なんて言ってしまう。傷ついた恋人が「じゃあ出て行く」って言ったら普通は止めるべきだろうに、それすらできずに自らが出て行くことを選んでしまう。でも、だからこそ、そんな捻くれた自分のことを「そんな所も好きだ」って言ってくれていたはずの相手が好きだったのです。一方、主人公が恋人に対して本音を吐いているというパターンも想像できます。

 涙が溢れれば「そうやってまた泣くだろ」って言ってくる。ケンカして「じゃあ出て行く」って強がっても止めてくれない。とはいえ自分も<いつも素直じゃないから>恋人からの「やり直そう」をうまく受け取れなかったりもする。だけどやはり、涙もワガママも強がりも、なんだかんだ「そんな所も好きだ」って言ってくれていたはずの恋人が好きだった。いずれの捉え方にせよ主人公は、恋人を信頼し、自分のどんな所も受け入れてくれるだろうと甘えていたのではないでしょうか。

細心の注意を払って 内心そうじゃなくても
ギリギリ馬鹿でいられますように
「いつかまたどこかで」とか言える軽さで
無理して積み上げたダンボール
「お引っ越し」/クリープハイプ


 しかし、結局は「そんな所も好きだ」って言ってくれていたはずの“そんな所”が原因で別れることになってしまったのだと思います。おそらく恋人側に限界が来てしまったのです。そして、最後の最後まで<素直じゃない>主人公。内心は悲しくて寂しくて離れたくなくて仕方ないのに<細心の注意を払って>まで<ギリギリ馬鹿で>鈍感でいようとして、無理して「いつかまたどこかで」とか言える軽さでお引っ越しの準備をして…。

治療中の奥歯と やっと見つけた近道
貯めたポイントカードも ただの紙切れになった
取扱注意のコワレモノになって
次回予約の日にはもう 知らないどこかの街
「お引っ越し」/クリープハイプ


 また、お引っ越しをするということは、この街のいろんな場所・当たり前だった日常から離れるということなんですよね。同時に、歌詞に綴られている<治療中の奥歯>や<やっと見つけた近道>や<貯めたポイントカード>は、二人の“恋”にも例えられるのかもしれません。<治療中の奥歯>は、修復中だった関係の歪み。<やっと見つけた近道>は、仲直りの方法。<貯めたポイントカード>が重ねてきた“好き”の気持ちです。
 
 でもそれらも、ポイントカードが<ただの紙切れに>なるように、全て無意味なものに変わってしまうのでしょう。素直じゃない“そんな所”を抱えた主人公は、恋人から手離されたことによって<取扱注意のコワレモノになって>ゆく。やがて、この街の歯科の<次回予約の日にはもう 知らないどこかの街>にいて、恋人も恋人ではなくなっているのです。部屋を整理すればするほど、様々な思い出に触れ、何度も“喪失”を想像するであろう主人公。切なさがリアルに伝わってきますね…。

大きくて小さいどこにも入らない荷物
仕方がないからもうここに置いて行くね
言葉にすれば足りない 触れば溢れる
好きで出来たこの隙間
無理して閉じて抱いたらカタカタうるさい
「お引っ越し」/クリープハイプ


 こうして幕を閉じてゆく歌。<大きくて小さいどこにも入らない荷物>…きっと主人公の想いそのものでしょう。それを<仕方がないからもうここに置いて行く>という表現には“いっそ置いて行ってしまいたい”気持ちと、ここに置いていくことで“相手に忘れないでいてほしい”気持ち、どちらも込められている気がします。
 
 まだ、主人公には<言葉にすれば足りない>ほど、<触れば溢れる>ほど、強い“好き”があるわけですが、本当にこのまま終わってしまって良いのでしょうか…。<無理して閉じて抱いたらカタカタうるさい>音が、何かを叫んで知らせているかのようですね。知らないどこかの街へ引っ越してしまうその前に、<いつも素直じゃない>主人公が、クリープハイプ「お引っ越し」に共感するあなたが、ほんの少しでも素直になれますように…!

◆紹介曲「お引っ越し
作詞:尾崎世界観
作曲:尾崎世界観

◆5thオリジナルアルバム
『泣きたくなるほど嬉しい日々に』
2018年9月26日発売
初回限定盤 UMCK-9964 ¥3,996(税込)
通常盤 UMCK-1607 ¥2,970(税込)

<収録曲>
1. 蛍の光
2. 今今ここに君とあたし
3. 栞
4. おばけでいいからはやくきて
5. イト
6. お引っ越し
7. 陽
8. 禁煙
9. 泣き笑い
10. 一生のお願い
11. 私を束ねて
12. 金魚 (とその糞)
13. 燃えるごみの日
14. ゆっくり行こう