最後に戻ってくるのは私の所にして。

淋しさを
それぞれのかたちでもがいたり
のみこまれたりするのは
わたしたちの弱さだ
弱さといふ小さな権利だ
時に やさしさから遠くみえたとしても。
(吉原幸子『共犯』より引用)

 こちらは、詩人・吉原幸子さんの作品に綴られていた言葉。さて、今日のうたコラムではこのように、心に【弱さ】を持っているからこそ、淋しさにもがいたり、のみこまれたりする人間の【それぞれのかたち】が描かれている新曲をご紹介いたします。2017年10月18日に“ほのかりん”がリリースした2nd デジタルシングル「東京」です!これまでにも、いろんなアーティストが東京をテーマに楽曲を生み出してきましたが、彼女はどのような“東京”を描いたのでしょうか…。

「帰ってきたら教えてね、東京で待ってるから。」
そんな安っぽい言葉で 繋ぎ止めようとした

「そんな風に下を向いて、悲しそうに笑うなよ。」
煩いな、気付いちゃう所が ずるいよ ずるいよ
強がりばっかが、得意だったのよ

「帰ってきたら教えてね、東京で落ち合いましょう。」
「寂しかったわ」なんて言葉を軽く言ってみたの
あからさまに下を向いて赤くなった貴方に
騙されてもいいと思ったの 好きだよ 好きだよ
知らない匂いの貴方でも
「東京」/ほのかりん

 東京ソングには、大きく分けて3つのパターンがあるでしょう。上京した心情を歌ったもの、東京での生活や街そのものの性質を歌ったもの、そして遠距離恋愛を歌ったものです。しかし、ほのかりんの「東京」は遠距離恋愛を歌っているようで、そうではないような、新しい東京ソングであるように思えます。たとえば、あの名曲「木綿のハンカチーフ」ですと、上京した恋人を“地元で待つ女性”が主人公です。忠実で、一途で、健気な<私>なのに結局、お相手は彼女を忘れて東京で変わっていってしまうんですよね。

 一方、ほのかりんの「東京」は<帰ってきたら教えてね、東京で待ってるから。>と、どこかへ行ってしまう恋人を“東京で待つ女性”が主人公。そして、おそらく<貴方>は地元に帰って、そこで暮らし続けるわけではないような気がします。出張、もしくは、旅行…?しかもその先には<貴方>を<知らない匂い>に染めてしまう“誰か”がいるのです。そんなことをすべて知りながらも<強がりばっかが、得意>な彼女は、関係を<安っぽい言葉で 繋ぎ止めようと>しているのです。

行かないで「知らない匂いは 嫌だよ 嫌だよ」
言葉に出来たら、変われたの?

ねぇ、傷だらけになっても愛しててあげるから
最後に戻ってくるのは私の所にして
愛してる?なんて聞いたりもしないから
ただ貴方の匂いで抱き締めて欲しいの、ダメかな、ダメよね。
「東京」/ほのかりん

 つまり、どこへ行って何をしようとかまわないけれど<最後に戻ってくるのは私の所にして>というのが、この主人公の想い。ただ、それは“消去法”から生まれた切実な言葉です。<好きだよ 知らない匂いの貴方でも>なんて言いながらも、本当は全然大丈夫じゃない。他の女のところなんて行かないでほしい。知らない匂いは嫌だし、いつもの貴方の匂いで抱き締めて欲しい。でも、そんな本音を言葉にしたり<愛してる?なんて聞いたり>したら、めんどうな女と思われて捨てられるかもしれない。だから、せめて<最後に戻ってくるのは私の所にして>と言うしかないのでしょう。

柄でも無いのに可愛いコップを買いました
リップで汚してあげたあと
まるで優しさみたいに置いていくからさ
あの子が傷付けば良いけど
「東京」/ほのかりん

 ただし、この歌の主人公は「木綿のハンカチーフ」の女性のように、ただ受け身に泣き寝入りするだけではありません。一途に愛しているからこその、攻撃的な行動も取るのです。それが<あの子が傷付けば良い>という意図を持って、リップで汚した可愛いコップを置いていくという行為。これは<貴方のズルさ>へのささやかな逆襲です。また、自分以外の女性に対するけん制とも言えるのかもしれません。

ねぇ、傷だらけになっても愛しててあげるから
最後に戻ってくるのは私の所にして
貴方のズルさにつけ込んでごめんね
また弱虫ごっこで抱き締めてあげるわ、ダメかな、ダメよね。

帰ってきたら教えてね
「東京」/ほのかりん

 ダメな恋愛だとわかりながらも<最後に戻ってくるのは私の所にして>とのみこまれたり、ささやかな逆襲でもがいたりする、私。いろんなところに恋のお相手を作っているであろう、貴方。それは冒頭でご紹介した詩のように淋しさゆえのそれぞれの【弱さ】の表れでしょう。また、いずれも当事者同士以外の誰にも責められない【弱さといふ小さな権利】であることもたしかですね。

 そして、歌のラスト<帰ってきたら教えてね>というワンフレーズからは、“東京に”ではなく、“私の元に”心が帰ってきたら教えてね、という想いが伝わってきます。お互い、それぞれの弱さと寂しさとズルさを持ち、どこか似ているようでもある二人が、いつかは「東京」でちゃんと結ばれる日が来ますように…。今、そんな恋をしている方は是非、主人公に心を重ねながら聴いてみてください。