明日は遥、遠くじゃなく、もうそこに別れの時を用意している。

ほほえみは言葉よりも
何倍も多くを伝えるということを
言葉に甘えきっていた私は忘れかけていた。
(吉本ばなな『バブーシュカ』より引用)

 作家・吉本ばななさんの『バブーシュカ』という小説に、このような一文が綴られておりました。もちろん、言葉で伝えることはとても大切ですよね。ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともたくさんあります。でも反対に、言葉じゃ伝わりきらないことだってあるのです。「言葉よりも何倍も多くを伝える」もの。それは時に、ほほえみであり、涙であり、ぬくもりであり、震える肩であり、何も言えずに黙り込む姿であり…。

君の左から見てた 横顔を見ていた
笑ってるか 泣いているのか
長い髪が邪魔をしている

ただ話を続けてた 横顔を見ながら
笑えなくて 泣けもしなくて
言葉だけが行き交っている

すっと音を立てて そっと降り始めた
悲しみの雨音が どんな台詞も消してしまう
「遥」/LACCO TOWER

 さて、今日のうたコラムでは、そんな「言葉よりも何倍も多くを伝える」ものが描かれている音楽をご紹介いたします。今年、結成15周年を迎えた5人組バンド“LACCO TOWER”が、8月23日にリリースしたニューアルバム『遥』の収録曲です。ピックアップしたのは、アルバムと同タイトルであり、今作の入り口にもなっている楽曲。主人公は、彼女の【本当】を見つめたくて、その横顔を見つめております。一方、彼女は心が伝わってしまわぬように、わざと<長い髪>で表情を隠しているようにも感じられますね。

 さらに、この歌では“行き交っているだけの言葉”も【本当】の<邪魔をしている>ものなのではないでしょうか。笑えも泣けもせず、ポツポツとボンヤリした会話を続ける二人。しかし彼はその間も、彼女の心を見逃さないように、言葉たちをかき分け、横顔を見つめ続けているのです。すると、やがて<すっと音を立てて そっと降り始めた 悲しみの雨音>…。彼女の左頬に“涙”が伝って、言葉が消えて、その瞬間、やっと彼に【本当】が伝わったのでしょう。

さようならの合図が 夜空に響けば
明日は遥 遠くじゃなく 
もうそこに別れの時を用意している

さようならの合図が 夜空に響けば
やがて遥 彼方遠く 離れてく君を思うよ
その頬から スピードを上げて 今滑り落ちた
ありがとうと また会おうと さようならを
全部混ぜて 鳴り響く

さようならの合図が 夜空に響けば
やがて遥 弱々しい 僕たちの道を照らすよ
また会おうと
「遥」/LACCO TOWER

 <さようならの合図>とはおそらく、雫が落ちた音のこと。歌詞中で彼女は、涙がこぼれてしまった後も<笑い顔>や<台詞>で【本当】をごまかそうとするのですが、彼がその心から目をそらすことはありません。そして彼女の涙から、声にならない<ありがとうと また会おうと さようならを>受け止め、彼もまた「言葉よりも何倍も多くを伝える」形で<また会おう>という想いを届けたのだと思います。切なくも、あたたかい気持ちに満ちた「遥」は、まるでアルバム全体に捧げたプロローグのようでもありますね。

「大丈夫さ 悲しくなんかないよ」と 嘘をつくから
「大丈夫よ 悲しくなんかないわ」と 嘘をついてよね
「夕立」/LACCO TOWER

 また、「遥」がプロローグだとすると、アルバムのラストに収録されている「夕立」はエピローグと言えるでしょう。先ほどは“涙”が「言葉よりも何倍も多くを伝える」ものでしたが、この「夕立」という楽曲では“嘘”があなたへの深い思いを何倍も多く伝える役割を果たしているんです。大丈夫じゃない。悲しい。そんな本音を相手には告げないその理由を、是非、歌詞の全文から感じてみてください。

◆メジャー3rdアルバム『遥』
2017年8月23日発売
COCP-40093 ¥3,000+税

<収録曲>
1.遥
2.喝采
3.純情狂騒曲
4.葉桜
5.夜鷹之星
6.火花
7.擬態
8.夕顔
9.葵
10.夕立