たぶん東京でのことは誰のせいでもなくてさ。

街の雑踏の中、
時代の奔流の中に零れ落ちた、
大切な場面のひとつひとつ。
とても愛おしいものだから、
踏みつぶされたり流されたりしないように、
拾い集めておきました。
あなたが落としたのかも知れないものがたりたち。
それが、「新東京フォーク」です。

 2017年5月17日、そんなメッセージと共に放たれたのは、女性シンガー“おがさわらあい”のアルバム『東京忘れ(みやこわすれ)』です。尚、「新東京フォーク」とは、ボーカルのおがさわらあいとプロデューサー“田村武也”が作り出す、主に東京を舞台とした純文学ソング。つまり、1曲1曲の歌詞に短編小説のような物語がある“読む音楽”なんです。今日のうたコラムでは、そのアルバムと同タイトルの楽曲をご紹介いたします。

いつものバスを降りてコンビニに立ち寄って
いつもより小さい方のシャンプーを買いました
部屋の灯りをつけて洗濯物をしまい
ベッドにもたれかかったときやっぱり涙がこぼれました

こんな風じゃ駄目だなって本当はずっとわかっていたけど

あなたと暮らした日々にもしも帰れるならば
例え同じ終りがきたって何度でも好きになれる
あなたの笑顔が変わらないでいたなら
「東京忘れ」/おがさわらあい

 かつて“わたし”と“あなた”には東京で一緒に暮らしていた、幸せな日々がありました。しかし、残念なことに終りが訪れてしまったようです。そのサッドエンドの続きを描いたのが「東京忘れ」。<いつもより小さい方のシャンプーを買いました>というフレーズからは、一人暮らしになった生活の変化がわかりますね。さらに彼女は、コンビニで買う物、帰った時に部屋の灯りがついていないこと、洗濯物の量、些細なすべてから大切な人がもういないということを痛感しなければならなかったのでしょう。
 
 そんないくつもの変わってしまったことの中で、ただひとつの変わらないものがあります。それが“あなたへの想い”です…。ひとつひとつの生活の変化から、彼の不在を感じて、<こんな風じゃ駄目だなって>堪えて堪えていたけれど、やっぱり、こぼれてしまった涙。その涙を皮切りに、歌詞のなかには、抑えていた想いや過去の記憶がブワッと溢れ出してゆくのです。初めて部屋を借りたときのこと、ふたりで海へ行ったときのこと、日常の中の何気ない幸せ…。

あの日の薄紫の花はまた咲きますか
ひとりきりじゃ少し広過ぎる部屋を彩ってくように
去り行く季節を全部忘れるように

たぶん東京でのことは誰のせいでもなくてさ
大きな夢を見てたら小さな石ころにつまづいてさ
ふたりの道ふたりで選んでそれでよかったんだなって
そんな風に思えた頃窓辺に花が咲いて
風に揺れる薄紫が涙でぼやけて見えた
あの頃の涙と少し違う涙で
少し違うこころで
「東京忘れ」/おがさわらあい

 そして、歌はこのように幕を閉じてゆくのですが、おそらく最後のフレーズだけは、しばらく月日が経ってからの心境を綴っているのでしょう。自分が元気になれる日なんて想像できず、<あの日の薄紫の花はまた咲きますか>と思っていたあの頃。でも今は、<ふたりの道ふたりで選んでそれでよかったんだ>と思うことができて、窓辺にはあの薄紫の花が咲いています。東京での悲しみを忘れ、<あなたと暮らした日々にもしも帰れるならば>と泣いていたのとは<少し違う涙で 少し違うこころで>生きることができているのです。
 
 このように、1曲の中でも時間の流れ、生活の変化、心の成長、様々な描写がなされているのが“新東京フォーク”という音楽です。また、アルバムに収録されている「返せない鍵」という楽曲はどこか、「東京忘れ」の主人公と重なるような気もします。曲と曲を繋いで、ひとつの物語として楽しんでみるのも面白いのではないでしょうか。是非、じっくり音楽を読んでみてください!

◆アルバム『東京忘れ』
2017年5月17日発売
TECE-3435 ¥2,315+税

<収録曲>
1 貨物船
2 返せない鍵
3 世泣き節
4 東京忘れ
5 夕焼け列車
6 彷徨いの哀歌
7 心に咲く名もない花
8 1980
9 再会のうた