「おつかれさまです」と声をかけてあげたい主人公ばかり…。

泣きたくなることもあたりまえ 坂道は
もうなんども経験したから 慣れてきた
そのひとの涙は拾えない 見ちゃいけない
「おつかれさまです」と微笑んで ぼくらの旅
「おつかれさまの国」/斉藤和義

 斉藤和義がこう歌うように、日本はおつかれさまの国。ヘトヘトに疲れている時、近しい人に「おつかれさま。」と言葉をかけてもらえると、ホッと癒されますよねぇ。また、大人になると、仕事では挨拶代わりに当たり前にかけあう言葉でもありますが、実はプライベートでそう言ってほしい瞬間の方が多かったりしませんか? 今日のうたコラムでは<涙は拾えない 見ちゃいけない>からこそ、「おつかれさま」と声をかけてあげたくなる主人公がたくさん登場する作品をご紹介いたします。
 
 それは、男性ソロアーティスト“ミドリカワ書房”が、4月5日にリリースした『おつかれさまです』というアルバムです。今作は、今年の1月1日に配信リリースがされておりましたが、ついにCD化。そしてテーマは、タイトルどおり<慰安>です。彼はこれまで、認知症、整形、離婚、死刑、など他のアーティストがなかなか使わないものを曲の核にし、まるで短編小説のような歌詞を綴ってきました。このアルバム『おつかれさまです』にも、様々なワケあり主人公が描かれていますが、その中から“女性目線”の楽曲に注目。

この子ももう6年生 あなたのその畜生ぶりは
充分理解しています 顔も見たくないとの事です
私も今まで耐えに耐えて 耐えてきましたけど
さすがに もういいでしょう
この子のためにも さようなら
さようなら 惨めな私たち
「笑ってあなたにグッド・バイ」/ミドリカワ書房

 生々しい歌のスタートですね…。この曲の主人公は、離婚を決意した女性。夫であった畜生な“あなた”に贈る最後の歌です。まず、曲タイトルが「笑ってあなたにグッド・バイ」なのは、決して円満離婚だからというわけではなさそう。歌詞を読み進めていくとわかりますが、以前の彼の口癖は<笑って俺について来い 笑っていたら大丈夫>だったのに、妻が<あんなのどうやってどのように 笑えば良かったのでしょう>と思うような出来事が起こったのです。

これからこの子男の人を 好きになれる気がしないって
それは私も同じですけど この子はあまりにかわいそすぎる
では あとは弁護士さんとどうぞ
大丈夫 笑っていたら あはは 何とかなるんでしょ?
笑ってあなたに さようなら
さようなら 惨めな私たち
最大限の憎しみを込めて
「笑ってあなたにグッド・バイ」/ミドリカワ書房

 だからこそ、曲タイトル「笑ってあなたにグッド・バイ」も、<大丈夫 笑っていたら あはは 何とかなるんでしょ? 笑ってあなたに さようなら>というフレーズも渾身の皮肉であり、歌に込めた<最大限の憎しみ>なのでしょう。さて、この歌には“私”と“あなた”の他にもうひとり、小学6年生の娘さんが登場します。そしてアルバムを聴いていると、なんだかその娘さんが大人になった姿をイメージしてしまう楽曲もあるんです…。

誰かを好きになるという感情が
わからない 親しみじゃなくて
いわゆる恋というやつが
もう少し大人になればわかるんだろうか
つっても私 23歳 華の新入社員です

彼氏がいた事も なんか流れでね
まああったけどさ どれもすぐに ああ 終わった

このまま独りで生きていくのかなあと
ぼんやり ぼんやり思うけど
なんだか 全然 寂しくはないんだよなあ
私は多趣味で 美人ですものね
「今はまだ恋愛がわからず」/ミドリカワ書房
 
 「今はまだ恋愛がわからず」に登場するのは、23歳の新入社員の女性。誰かを好きになるという感情がわからないという彼女は、小学6年生の頃にもう<男の人を 好きになれる気がしない>と言っていたあの娘さんの姿に重なりませんか…? またちょっと強気な性格や口調も、「笑ってあなたにグッド・バイ」のお母さん譲りなように感じるのです。さらに、この23歳の“私”がもっともっと歳を重ねた数十年後を想像してみてください。

毎日といってもいいくらい ここに来てる 大好き
めまいがする程広くって 何でもかんでも売ってる
ベンチがたくさんあるから 何時間でもいられる
あれもこれも どれもこれも欲しくなる

もし私のおうちに猫がいたら
もし私に孫がいたら
そんな事考えて 楽しむの
現実は出来るだけ 遠ざけて
思い出も出来るだけ
「ホームセンター」/ミドリカワ書房
 
 彼女は、おばあさんになった時、毎日ホームセンターに行くことだけが生き甲斐な女性になっているのです。かつては、一生独りでも全然寂しくない、だって多趣味で美人だから、と豪語していたのに、今はどうでしょうか。いろんな家庭のアイテムを見ては<もし私のおうちに猫がいたら もし私に孫がいたら>という妄想を楽しんでいます。それで“私”がしあわせなら、今が正解なのでしょう。でも、歌詞から伝わってくるのは<もしあの時あの人と出会わなかったら>と、そんな後悔や思い出にフタをして、なんとか日々を生きている姿。それはあまりに切なく感じてしまいます…。
 
 …と、この3曲が繋がっているというのはあくまで想像でしかありませんが、そんな物語の楽しみ方もできるのが『おつかれさまです』というアルバムなんです。そして主人公のひとりひとりに「おつかれさまです」と伝えたくなります。1曲単体で堪能していただけるのはもちろん。全10曲収録されておりますので、曲と曲をくっつけて、自分だけのオリジナルストーリーを妄想してみるのも面白いでしょう。是非、CDを手に取り、歌詞をじっくりと読んでみてください!

◆アルバム『おつかれさまです』
2017年4月5日発売

<収録曲>
1 あけまして
2 のれんの向こう
3 ホームセンター
4 観覧車
5 もつやき 玄ちゃん
6 昼キャバ
7 今はまだ恋愛がわからず
8 恋の都営新宿線
9 笑ってあなたにグッド・バイ
10 帰路