美しいピアニスト

「もう、帰らなくちゃ」と君は言う
グランドピアノの陰から そっと
手を振るんだろう 白くて細い 綺麗な影だ

ふたりの時間には まだ誰も気づかない
君が頬に落とした水滴の色を 僕は知っている

夕靄をまとって 僕を壊すこの瞬間
二時間後 遠いキッチンで 君は何を思うの

そろそろだね
お決まりの台詞で 今日も

「もう、帰らなくちゃ」と君は言う
五線譜の束を両手で持って 伏し目がちに言う
終わりにしよう わるい僕が その言葉飲み込む瞬間を 待って
手に触れるだろう 甘くて淡い 儚い夢だ

約束を破れば 調律は狂い出す
君が頬を濡らして紡ぐ旋律を 僕は聴いていたい

そろそろだね
お決まりの台詞で 今日も

「もう、帰らなくちゃ」と君は言う
グランドピアノの陰から そっと 寂しそうに言う
すぐ会えるさと わるい僕が 振り返りざまに返す言葉 待って
手を振るんだろう 白くて細い 綺麗な影だ

夢に見るだろう その指先を

君を待っている人を 僕は知っている
君を待っている人を 僕は知っている
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