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第63回 はっぴいえんど「風をあつめて」
 今月は、はっぴいえんどの「風をあつめて」を取り上げる。この歌は、彼らが『風街ろまん』というアルバム(1971年)で発表し、その後、数多くの人達にカバーされてきた。根強い人気の理由は、どこにあるのだろう。本コラムらしく、さっそく歌詞を眺めてみよう。

主人公が居る場所は、コ-ラスごとに変わる。1番は“路次”

 全体に、幻想的な世界観の歌でもある。歌の主人公が街のはずれを散歩してると、[路面電車]が海を渡るのが[見えた]というし、[都市]が[碇泊]しているのも[見えた]し、さらには[摩天楼の衣擦れ]が、[舗道をひたす]のも[見た]と証言しているのだ。普通だったら“衣擦れ”は、音として耳に届くハズだろうし、さてこれは、いったいどういうことなのだろう。

各コーラスごとに、歌詞の構成をみてみよう。気づくのは、まずは主人公が実存する場所が示されることだ。次に、そこから広がる心象風景が描写されていく。これは1番から3番まで共通する。そう思えば、実にシンプルな構成ともいえる。

まず1番では、「路次」である。普通は「路地」と書く。歌を聴いてるだけでは、この表記であることに気づかない。なのに、なぜそうしたのか? おそらく松本隆は、この作品を詩歌のように、目でも楽しんで欲しいと願ったからだろう。でも彼が、普段から習慣的に、この表記を好んでいた可能性もあるのだが…。

なお、1番に出てくるフレーズで、興味深いところを書かせて頂くと、[靄]が[汚点だらけ]であることだ。この歌が書かれた1970年前後といえば、光化学スモッグなど、公害問題が深刻化した。もしかしたら…、ではあるが、それもあって「汚点だらけ」なのかもしれない。こんなことを書くと、いきなりこの歌が、社会派メッセージ・ソングの印象にもなるが…。
ジャケット画像です。
「風をあつめて」
1971年11月20日
アングラ・レコード・クラブ
歌詞を見る。
はっぴいえんど
1969年、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂、松本隆によって結成された。70年8月にアルバム『はっぴいえんど』でデビュー。ウエストコースト的なサウンドに、日本語による独自の抒情を込めた詞を乗せたサウンドで異色のグループとして注目さる。70年の春から秋まで岡林信康のバック・バンドをつとめる他、メンバーはURC系フォークシンガーたちのレコーディングにも参加。71年に名作『風街ろまん』を発表するが、72年にアメリカ録音の『HAPPYEND』を発表後に解散。メンバーはそれぞれ活動を展開、その後の日本のシーンを牽引する存在となる。

2番は“防波堤”、3番は“珈琲屋”

 2番は“防波堤”である。そこから都心のビル群を眺める、というアングルだ。ということは、目の前の景色が蜃気楼のように感じられる可能性がある。もしそうであるなら、「都市」が「碇泊」しているように見えるのも当然なのである。

さらに3番は、多分、松本隆のなかの詞心が、この歌の創作過程において、絶頂を迎えたのだと思われる。ものの例え方が、凄いことになっている。そもそも“例え”とは、実語と虚語の空中ブランコのようなところがある。ぎりっぎりの、もうダメじゃないかくらいでブランコが繋がると、より伝わるものも大きい。この3番が、まさにそれだ。

[摩天楼の衣擦れ]というのは、ビルとビルの隙間を渡る風だとしよう。その風が、鋼鉄とガラスで出来た建造物の隙間から解放され、地上へ降りてきたのなら、確かに幅を拡げて、[舗道をひたす]のだろう。主人公が防波堤から眺めた先に、そんな心象が待ち受けていても、なんら不思議じゃない。でもこの[ひたす]という表現は、実に実に味わい深い。

路が背伸びするための地理的な条件は…。

 この歌は東京の歌だ。よく解説されるように、1964年の東京オリンピックで様変わりし、失われた風景に対する松本の想いが、歌詞に反映されている。後に松本が語ったところによると、この歌に出てくる「路次」は、大門から浜松町の辺りのようだ。

[背のびした]というのはどういうことかというと、これはまっすぐ伸びてるが故の遠近法なんだと思う。[街のはずれ」という場所の特定とも関わっていて、ごちゃごちゃしたど真ん中では、道も背伸びどころか、手足を縮めてないといけない。あくまでこの部分に関しては、筆者の想像だが…。

さらに象徴的なのは、[路面電車]だ。かつては東京の街に、隈無く張り巡らされていた交通網だったが、交通渋滞などの問題で、やがて姿を消した。ちなみに、この歌に出てくるのは[起きぬけ]の車両だ。普通に解釈すると、歌のシチュエーションが早朝の時刻でもあるし、“車庫を出てきたばかり”ということだろう。

実はオリンピック以前には、今の渋谷「ヒカリエ」の前から、4系統の[路面電車]が始発していた。始発ということは[起きぬけ]だし、なのでこれは、渋谷の風景と推測できる。

実際、松本隆がたびたび利用していた[珈琲屋]に、渋谷駅南口、JTBの横にあった「マックスロード」があった。この店、実はぼくも利用したものだったが、残念ながら今はない(現在は確か、別のカフェになっているはず)。そしてこの[珈琲屋]の「マックスロード」は、「風をあつめて」の誕生に、深く関わっていた。

松本はこの店のトイレで、安西冬衛の「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行つた」という詩が落書されているのを見て、そこからインスパイアされたと語っている。なぜ[路面電車]が“てふてふ”のように海を渡ることになったのか、そのイメージの源は、このあたりにありそうだ。

「風をあつめて」の“聖地巡礼”をするならば

もしみなさんが「風をあつめて」の聖地巡礼をなさるなら、そしてもし、地方から空路で羽田に着いたのなら、まずはモノレールで浜松町~大門あたりに出て、[路次]を散策するのは如何だろうか。

次にJRなどで渋谷に出て、「ヒカリエ」の前に立ち、246の歩道橋を渡り、「マックスロード」があった辺りに佇みつつ、店内でコーヒーを啜る松本の姿を想像してみる。まだあった。[防波堤]を忘れていた。これは松本によると、どうやら月島とか佃島とか、そのあたりから都心を眺めた景色のようなのである。今ではこのあたり、近くに超高層マンションとかあるし、その後も付近の埋め立ては進み、様変わりしていることだろう。この歌が書かれた時代といえば、“摩天楼”と呼ぶべき高いビルは、霞ヶ関ビル、世界貿易センタービル、新宿京王プラザホテルくらいしか存在しなかった。

そしてこのあと、私が書こうとしていることは、もうみなさんお察しの通りである。「マックスロード」で佇んだあとは、地下鉄で月島へ移動し、都心方向へ目を遣りつつ、もんじゃを食べ、お土産に佃煮を買って帰る。

いやちょっと、なんかこれだと、豊かなイメージを与えてくれるあの歌から、どんどん離れていく気もするが、それも仕方ないことなのだ。なぜならあの歌は、失われてしまった東京を描いているのだから…。

“蒼空を翔けたい”想いをリアルに伝える細野の低音

 最後に肝心なことを書いておく。この歌でリード・ボーカルを担当しているのは細野晴臣のことである。この人の声は、実に張りのある、豊かな低音である。こういう声を持つ日本人は、あまりいない。当初、細野はボーカリストとしての自分の在りように悩んだ時期もあったと聞くが、ファーストの『はっぴいえんど』を経た『風街ろまん』では、自分の長所を活かすことに成功している。「風のあつめて」の場合、まさに細野ならではの声が、歌の世界観と最高のマッチングを果たした。

歌の主人公は、[風をあつめて][蒼空を翔けたい]と願う。もしこの歌を高音自慢のボーカリストが安易に張り上げて歌ってしまったら、その想いがあっけなく成就してしまい、なんの味わいも生まれなかった。聴いてる我々が、願いを共有することも不可能だったのだ。


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