第35回 竹内まりや「元気を出して」
photo_01です。 1988年11月28日発売
 竹内まりやさんに初めてインタビューした時のこと。緊張しつつ席に着くと、取材の冒頭、「“けんかをやめて”の主人公の女の子は意地悪だって、どこかに書いてましたよね」と言われた。一瞬ドキッとしたけど彼女は笑顔だったので安心した。ちゃんと読んでくださってたことに恐縮し、もちろん励みにもなった。今回は「けんかをやめて」ではなく「元気を出して」について書くのだが、さてこの原稿も読んでくださるでしょうか(って、いきなり私、ハードル上げてしまいました)。

この作品がどのように誕生したのかは、すでにご本人が語っている。「失意のカーリー・サイモンを励ましたくて…」というキッカケ。そこから女性同士の友情を描いた歌がないと気づき作家としてのスイッチが入りそんなテーマの楽曲制作へ、といったことのようだ。ただ、同時にこの作品は薬師丸ひろ子への提供曲となり、そのあとは彼女に似合うもの、というのも念頭にあったことだろう。1984年に出た『古今集』の1曲目に入っているが、当時、薬師丸は二十歳の手前。歌詞の中の“ 大人への階段を”は、年齢的にもぴったりだ。カーリー・サイモンはその時、既に充分に大人だったし、なので歌の登場人物の年齢設定ということでは“薬師丸寄り”ということだろうか。

“親身”の度合いで歌の伝わり方は違ってくる。

 さっそく歌を聞いていくことにしよう。いきなり印象的なメロディとともに聞こえる歌詞の1行目は“♪涙など見せない強気なあなた”。失意の友を励ましてあげる側の私は、「あなた」の性格についても熟知していることがまず示される。これはその上で言うことなんだからね、という信憑性がここから伝わる。実に鮮やかな歌のオープニングである。さらに続くのは、いま目の前にある困難を乗り越えるための助言、その方策だ。実はこの歌、単なる慰めの言葉というのは見受けられない。最後のほうにタイトルに関連する“早く元気だして”というフレーズもあるにはあるがさほど重要ではない。歌を支えるのはあくまで具体的な助言、その方策だ。

終わった恋にすがったりせず振り出しから始めなさい、とか、幸せになりたい気持ちがあれば明日は見つかる、とか(そのまま歌詞引用すると長くなるので要約してます)ずばずばと言葉を投げ込んでいく。やや“上から目線”と感じられないこともないが、この歌のなかの友人同士は「あなた」より私のほうが人生経験豊か、という設定と受取ってもよさそうだ。さらに僕は、ここである言葉を浮かべるのである。それは“親身”。

辞書でひくと「肉親のような細やかな気遣い」という説明がある。でも肉親のようであるなら、私が「あなた」に掛けてあげる言葉のなかには、ちょっと耳の痛い、ウザいと感じてしまうものがあっても不思議じゃない。でもそれも、親身になって心配しているからこそである。歌は進み、少し痩せた体に似合う服を探し街へでると皆が振り返る、といった下りもある。ここで一気に能動的になる。ただし、「あなた」は失意のど真ん中に居るわけで、この場合の“痩せた”は“やつれた”とほぼ同義語に捉えることも可能だろう。でも失意により被った精神と肉体のダメージというネガが、服を探すことで魔法のようにポジへと変換される一行である。このコペルニクス的転回をもたらすカギはファッション。オシャレをするというのは非常に大切なのだなと、改めて感じる。身に纏うものの向上は、精神すらを向上させてしまうことが可能だと(特に女性の場合は?)思い知るのだった。

使い方が難しい「人生」という言葉も鮮やかに

 「元気を出して」の一番のキラー・フレーズは最後のほうに出てくる“♪人生はあなたが思うほど悪くない”ではないだろうか。でも“人生”って言葉、歌のなかで使うと重たくなったり大仰になったり演歌チックになったりしがちな危険な(?)単語でもある。しかしこの歌では、ものの見事に他の歌詞からも浮くことなく使われているのである。おそらくこの“♪人生はあなたが…”の“人生”とは、特定の人物の生涯を指すのではなく、神様から授かった“時間の束”のことだろう。言いたいのはそう、今だけに縛られずに長い時間の流れのなかでの自分を見つめたなら、困難もいつしか思い出に変る、ということ…。

もしかしたら英語が堪能で洋楽にも造詣の深い彼女は、“人生”という言葉よりまず“Life”という言葉を思い浮かべ、それをこう変換したのかもしれない。マイケル・ジャクソンを一躍スターダムに押し上げた名曲に「オフ・ザ・ウォール」があるが、例えばあの歌には“Life ain't so bad at all”という表現があって、これはまさに“人生はそんな悪いもんじゃないさ”なのである。

でも面白いのは、「元気を出して」の歌詞で一箇所だけ英語が使われていることだ。それは“mistake”。歌詞の場合、メロディとの兼ね合いとか響きとかを優先してその言葉を選ぶ場合も多々あるのだが、この場合はどうなのだろうか。でもこの“mistake”という英語の響きが一か所だけ混ざることで、この歌のポップ・ソングとしての香しさが程良く引き立つのである。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

仕事でやむを得ず、という時以外はタクシ−を利用したりしませんけど、ちょっと前にこんなことが…。
運転手さんが気さくなヒトで、また、これはインタビュア−でもある自分としては見習うべきことなので
すが、いわゆる聞き上手で、ついつい音楽業界のことなどペラペラ喋ってしまったわけなのです。で、降
り際に運転手さんが一言…。「あれ? でも前にこのあたりまでお乗せしたお客さんで、似たようなお話
をしてくださった方がいたような…」。確証はないんですが、きっとそれは僕だったのでしょう。同じ運
転手さんに同じ話をしたということです。東京は広いけど狭い、というお話でした。