第13回 Mr.Children「終わりなき旅」
photo_01です。 1998年10月21日発売
 いまは日本を代表する国民的なバンドとも呼べるMr.Children。彼らとは長い付き合いだが、何年経っても変わらないことがある。それはメンバー四人が、いつも程よい距離感の中にいる、ということだ。そもそも中学・高校からの仲間であり、それもあってのことだろう。
このグループがさほどブランクもなく活動し続けているのには理由がある。ボーカルの桜井和寿が、曲を書く情熱を一切無くさない男だからだ。他の三人は、彼の書く新しい歌を心待ちにして、自分がどうそこに貢献できるかを考えている。四人はバンドでロックを鳴らす快楽を知りつつ、徹底した作品至上主義者達でもあるわけだ。
ただ、そんな彼らがドーム公演の後、活動休止を宣言したのが97年の春だった。それから1年半後、本人達が公の場に出てきて活動再開を遂げた時、世に送り出されたのが「終わりなき旅」という歌である。今回は、この名曲について書いてみることにしよう。

「バンドとしていい音楽をやっていくんだ、ということを伝えたかった」

 90年代は“励ましソング”の時代とも言えた。その際、よく代表例に挙げられたのがZARDの「負けないで」や岡本真夜の「TOMORROW」といった楽曲だが、この「終わりなき旅」も、そのように受け取られた。実際、歌番組などでその種のアンケートを取ると、今も上位にランクインされる。
では桜井和寿は、何を想い、この歌を作ったのだろうか。誰かを励まそうと思ったのか…。いや、まず頭の中にあったのは、再びバンドが動き出すにあたっての、世間へ向けての意思表示だったようだ。「(この曲で)自分達は歌をうたっていくんだ、バンドとしていい音楽をやっていくんだ、ということを伝えたかった」。これは当時僕が取材した際の桜井の発言だ。特別なことは何も言ってない。歌をうたう。バンドとしていい音楽をやる。しごく当たり前のこと。でも、一番大事なことに再び立ち返ることが出来たからこその発言だろう。
「歌をうたう」。彼はそう表現している。おそらくこれは、こんな想いからだったのではなかろうか。歌とは言葉。そう。ちゃんと伝わる歌詞を書く、ということだ。有言実行だった。「終わりなき旅」という作品には、練りに練られた言葉が並ぶ。生きていく上での「金言」が、ぎっしり詰まっている。

 この歌のリアリティは、結果として聴き手を励ますことになったとしても、決して楽観的な提言などしてないところだろう。これは桜井の性格にも因るのかもしれない。というのも、当時の彼は自分のひとつのクセとして、「何か物事を考えたりしてると、ネガティヴな方へネガティヴな方へ行ってしまう」と自己分析することもあったからなのだ(これ、あくまで当時の彼、である)。
ただ、ネガティヴな考え方といっても、必ずしも悪い方へばかり働くわけではない。物事を用心深く、慎重に推し進めようという気持ちにもなる。「終わりなき旅」のなかには、ポジティヴさの横に、慎重さも響いているのだ。三色ボールペンを握ったつもりで、歌詞のポジな部分に青いアンダーラインを、ネガな部分に赤でアンダーラインを引くような気分で聴いてみたら面白いだろう。
冒頭の二行は青。ただ“カンナみたいにね 命を削ってさ”の三行目は赤だろう。そしてその次の行の“光と影を連れて 進むんだ”は、青と赤、このふたつの色が合わさったフレーズだ(この作業を最後まで続けると、それだけでスペースが尽きてしまうのでこの辺にするが、その後もこの歌は、青と赤が混ざり合いながら進んでいくわけだ)。

“もっと大きなはずの自分を探す”

 アスリート達からも支持の多い曲だ。それはきっと、“高ければ高い壁の方が”以下の部分が心に響くからだろう。己の中に敵をみつけ、限界を超えていくのがアスリートの使命。まさに彼らには、このフレーズは大きな意味を持つだろう。また、“生きるためのレシピ”という表現は、いまも新鮮だ。
ふいに柔らかな言葉を混ぜ込んでみせるのも桜井の作詞術のひとつの特色である。
この歌に結論はない。しかし歌なのだから、やがてエンディングを迎える。その際の言葉も実に象徴的である。“もっと大きなはずの自分を探す”ことが「終わりなき旅」だと結んでいるのだ。“もっと大きな”ではなく“もっと大きなはず”だなんて、自信なさげというか謙虚というか、こんな含みのある言葉を敢てシャウトする桜井から伝わるのは、実に奥深いニュアンスなのだ。
いまが既に限界かもしれない。大きなはずの自分なんて、何処にも居ないかもしれない。強引に結論づければ、生きていくことに確信などない、ということなのではなかろうか。歌のタイトルが「終わりなき旅」であることも、そうであるなら辻褄が合う。

 歌詞のコラムなのだが、どうしても触れたいのがこの曲に込められたサウンド面のアイデアだ。後半にストリングスなども出てくるが、基本、バンドの等身大を示すアンサンブルで貫かれている。しかしシンプルなようで、巧妙な転調が駆使され、その意味でもサウンド面に賭けた情熱もハンパない。まさに再始動にふさわしかったし、メンバーとしても自信作だったろう。特にイントロから歌が始まる瞬間にキーが下がり、そこにあてがわれた言葉が“息を切らしてさ”であるあたり、実に絶妙だ。本当にこの歌の主人公が、ちょっと苦しげに息を切らしているかのようなニュアンスが伝わる(実際はもちろん息切れなどせず、クリアに歌っている)。
この時期の桜井は、コンピューターなど駆使し、自分一人で曲の全体像を構想した「ニシエヒガシエ」や「光の射す方へ」といった楽曲も作っている。「終わりなき旅」は、それとは真逆でバンドというものにこだわり、そのことで新たな歴史を切り開いた曲だった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

1957年東京は目黒、柿ノ木坂に生まれる。音楽評論家。
1980年、『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽について文章を書き始め、音楽評論
家として30年のキャリアを持つ。アーティスト関連書籍に小田和正、槇原敬之、
Mr.Childrenなどのものがあり、また、J-POP歌詞を分析した「歌のなかの言葉の魔法」、
自らピアノに挑戦した『45歳、ピアノ・レッスン!-実践レポート僕の「ワルツ・フォー
・デビイ」が弾けるまで』を発表。